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zoom RSS そんな年齢だったとはねえ。

<<   作成日時 : 2017/07/23 19:44   >>

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「平尾昌晃さん死去、79歳 「瀬戸の花嫁」など名曲遺し」
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170723-00000002-dal-ent
「日本歌謡界の父・平尾昌晃さん、79歳で亡くなる…家族葬後に音楽葬も」
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170723-00000019-sph-ent

管理人、訃報を知ってからいろいろと調べてみたのですが、自身が作曲した管理人も知っている昭和の大ヒット曲が多くて「え? 平尾氏ってこんな曲も作っていたの?」と驚きましたし、デビューから松山まさる→一条英一→三谷謙と改名を繰り返しながらも5年間鳴かず飛ばずだった五木ひろしを発掘したのも平尾氏だった(ちなみに数年前に亡くなった山口洋子女史と組んで作ったのが「よこはま・たそがれ」。五木ひろしにとってはこの二人が大恩人)、という事だし、他の歌手からも急逝を惜しむ声が多いという事から考えても歌謡界に残した足跡というのは大きいものだったんだな、と感じましたが。

いや、管理人ももともとはロカビリー歌手としてデビューしていた、というのは知っていましたが(もちろん歌手としての活躍は知らないので作曲家としての活躍しか知らないが)、考えてみればロカビリーブームというのは60年くらい前ですから79歳という年齢も納得できるのですが、とてもじゃないけれどそんな年齢に見えませんでしたからね。
しかも作曲家に転向した理由というのが肺結核を患って医師に止められたことからとのことですが、それでも才能を発揮した、というのですから平尾氏にとっては音楽というのは天職だったのかもしれませんね。
まあ、そう考えると自分が好きな音楽でこれだけの仕事が出来たのだし、5月頃まで仕事を続けていたというのですから、管理人がとても79歳には見えなかった、というのも納得がいくのかもしれませんが。

最後に一つだけ余計な心配かもしれませんが、平尾氏はご存知の人も多いと思いますが2006年から毎年大みそか恒例の「紅白歌合戦」のエンディング「蛍の光」の指揮を執られていましたが、果たして今年の大みそかはどうなるんでしょうね?
まあ、NHKもまだ今年の企画にも入っていないと思いますが(その前に「夏の紅白」こと「思い出のメロディー」もあるし)、いずれにせよ日本の歌謡界はまた一人惜しい人材を無くしてしまいましたね。

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