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zoom RSS 随分と大変だったようだけれど…

<<   作成日時 : 2011/11/23 19:45   >>

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「落語家の立川談志さん死去…75歳」
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20111123-OYT1T00469.htm
「たけしも弟子に…談志さん、毒舌・奔放な風雲児」
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20111123-OYT1T00549.htm

ちなみにこれでこれまでの「笑点」の歴代司会者4人(談志師匠、前田武彦、三波伸介(先代)、三遊亭圓楽(五代目))が全員鬼籍に入ってしまった、ということになりますが。

まあ、それはそうと談志師匠というと管理人「破天荒な落語家」というイメージがあるのですが落語家であり、タレントであり、国会議員にもなったことがあり、立川志の輔が所属する「立川流」(ちなみに管理人「立川流はどうなるのかな」と思っていたら、管理人の母親が「志の輔が率いることになるんじゃないの?」と言っていたが)の家元であり、というマルチな人だったんですね。
とはいえ、1997年に食道がんを公表してからは病魔との戦いだったようでそれから14年間も戦ったな、と管理人は思いますね。なんでも食道がんの他に糖尿病の持病があり、(一部で死因と伝えられている)喉頭がんも併発していたというのですから、普通に考えれば高座に上がること(今年3月まで上がっていた)自体が無茶なんじゃないか、という気もしますが、そもそも「立川流」という落語の流派を旗揚げしたのも落語協会との対立が原因だった、という話ですし(それでもここまで一代で育て上げたんだから相当な手腕なんだろうな)、そういった「反骨精神」で病魔と闘い続けてきたのかもしれませんが。

本人にとって75年という人生が長かったのかどうかわからないし、談志師匠も「何とか病気を治してもう一度高座に上がりたい」と思っていたと思いますが、月並みな言い方かもしれませんがやはり談志師匠は天才だったと思いますし、おそらく(いろいろな意味で)師匠のような落語家は今後出てくることはないでしょうね。
謹んでご冥福をお祈りいたします。

…そういえばビートたけしも立川流の一員だし、タレントのダンカン(芸名の由来はかつて「立川談かん」を名乗っていたから)はもともと談志師匠の弟子だったんだよな。


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