とうとう復帰はかなわずか

管理人、今日家に帰ってきてYahoo!ニュースを開いたらびっくりするようなニュースがあったので、今日はこれで行かせていただきます。

「プロレスラーのハヤブサ、くも膜下出血で死去 2001年に頸椎損傷でリハビリ中」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160304-00000536-sanspo-fight
「ハヤブサさん リング復帰の夢かなわず…武藤、永田ら悼む声続々」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160304-00000129-spnannex-fight

1989年に大仁田厚が旗揚げした団体「FMW」(ちなみに現在ある「スーパーFMW」「超戦闘プロレスFMW」というのは全く別の団体)で本名の江崎英治としてデビュー後、マスクマンのハヤブサに転身して大仁田の引退(ちなみに1995年の引退試合の相手も務めた)→復帰→撤退後のFMWを支えてきた選手だったのですが、2001年に試合中のアクシデントで頸椎を損傷し、一時は全く動けない状態だったのをもう一度リングに上がりたいという一心でリハビリを続けていて復帰を目指していた、という話を聞いてはいたのですが、まさか亡くなるといは…。
いや、FMWという団体自体がハヤブサが負傷した3か月後の2002年2月には倒産してしまいましたが、なんでも2000年ごろからFMWは経営危機が叫ばれている中、空中殺法を得意としていた彼が(当時のFMWでよくやっていた)デスマッチのリングに上がる、というのは不向きだったのではないか、と思うのですが、それでもリングに上がり続け、団体を引っ張っていったのは立派だと思いますが。
スポーツの世界にタラレバは禁句と言われていますが、もしデビューがFMWでなかったら、とかあるいは2001年の試合で頸椎を損傷していなかったら、また別の違ったレスラー人生があったのかもしれない、と思うと返す返すも残念ですね。

それにしてもFMWの倒産の3か月後(つまり2002年5月)には社長の荒井昌一氏が自殺、翌年(2003年)の3月にはハヤブサとともにFMWの中心選手だった冬木弘道氏がガンで急逝と来て今度はハヤブサがこんなことになってしまうとなねえ。当時の関係者が次々といなくなってしまうのは何となく寂しいですね。
管理人も先ほど知ったのですが、ハヤブサがブレイクするきっかけとなった新日本プロレスの「スーパーJカップ」が今年7年ぶりに開催されるそうですが、それがハヤブサの追悼大会になってほしいですね。

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