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zoom RSS ここ数年は大変だっただろうけれど

<<   作成日時 : 2018/07/02 19:33   >>

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「「笑点」前司会者、桂歌丸さん死去…81歳」
https://www.yomiuri.co.jp/culture/20180702-OYT1T50109.html
「桂歌丸さん…多くの病気を抱え、あだなは「病気のデパート」」
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180702-00010000-yomidr-ent

正直言って歌丸師匠はそれこそ「笑点」の司会が今の2代前である先代(つまり5代目)の三遊亭円楽師匠だったころから入院して収録を休んだ、とかその5代目円楽師匠の後を継いで「笑点」の司会になった後も入院などで収録を休んだ、という事(その時は大喜利のメンバーが交代で司会をしていた)はよくあったし、ここ2、3年(つまり「笑点」の司会が今の春風亭昇太師匠になったころ)は車いすに乗って寄席に通っている、とか酸素吸入器のチューブを鼻に入れたまま番組の収録をすることもあった、という話を聞いていたので「こりゃいつ逝ってもおかしくはないな」とは思ってはいたのですが、とうとうその日が来てしまったか、というのが第一印象でしたね。

いや、管理人は小さいころから「笑点」はありましたから随分と芸歴は長かったという印象があるのですが、まだ81歳というのがちょっと意外な気がしたんですよね。なんか調べてみると15歳で落語家の世界に飛び込んで、笑点が始まったとき(1966年)の時点ではまだ真打ではなかった(その2年後に真打昇進)というのですからそう考えると「笑点」を代表する人物であったことは間違いがないでしょうね(だから個人的には歌丸師匠のトレードマークでもある緑色の着物は野球で言う「永久欠番」みたいな扱いになってもう着る人がいないのではないか、と思うのだが)。

ただ、本人はあくまでも噺家というスタンスを貫いていたようで、あれだけの病気を抱えていたというのに、4月までは高座に上がっていたというし、亡くなる前日にはテレビに出演していたというのですから、ある意味ご自身で言っていた「噺家は高座の上で死ねれば本望」という言葉通りになったのかもしれませんね。

なんか「徹子の部屋」は明日(7月3日)には追悼企画をやる、という話だし、おそらく8日の「笑点」も追悼特集をやると思いますが、いずれにせよ日本を代表する落語家がまた一人世を去ってしまったというだけは変わりがありませんね。


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