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zoom RSS いかに鉄人と言えども

<<   作成日時 : 2018/04/24 19:38   >>

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2016・17年と2度セ・リーグを制覇している広島東洋カープですが、正直言って管理人、今の広島よりも昭和50年代の広島の方がもっと強かった、と思っているのですが、その昭和50年代の広島(というか日本プロ野球そのもの)を支え続け、2215試合連続出場という日本記録を持っている衣笠祥雄氏が亡くなったそうですね。

「衣笠祥雄さん死去 今月19日に解説したばかり 声かすれ ネット上では心配の声も」
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180424-00000100-spnannex-base
「山本浩二氏 衣笠氏急死に悲痛「衣がいたからやってこれた…つらい」」
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180424-00000063-dal-base

なんでも19日にはBS-TBSでプロ野球中継の解説を務めた、とかでおそらくご本人の体調も悪かったのでしょうが、かすれ声で聞き取りづらいという事で心配の声も上がっていたようですが、まさかこうなるとはねえ。

最初にも書いた通り、広島が1975年(ちなみにこの年に広島のチームカラーでもある赤のヘルメットを初めて採用した)に球団創設以来初めてのリーグ優勝を成し遂げてから最初の黄金期に入った昭和50年代に山本浩二氏らとともに広島を支え続けていた選手なのですが、何と言っても連続試合出場記録に尽きるでしょう。
なんかデッドボールを受けて手を骨折した翌日にも平気で試合に出場していた、という話ですが普通に考えたら周りが止めるでしょうに、それでも本人が出場をやめなかったのですから、よほど本人は野球が好きだったんだな、という事になると思いますし、それが「鉄人」と呼ばれるようになった所以だと思うのですが、それでも鉄人と言えどもがんには勝てなかった、という事なのでしょうか?
まあ、本人としては心残りは何もないかもしれませんが(現役時代につけていた背番号「3」は広島の永久欠番となっているし)、ただ個人的には山本浩二氏のように一度指導者としてに衣笠氏を見てみたかった(山本監督、衣笠ヘッドコーチなんて豪華な組み合わせだと思うが)な、という気もするんですよね。

1月に亡くなった星野仙一氏もそうですけれど、管理人がよく知っているプロ野球選手の訃報を聞くというのは寂しいし、管理人もそれだけ歳をとった、という事なのでしょうか?

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